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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5635号 判決 1956年9月14日

事実

被告明治造機株式会社は原告に宛て金額七十七万三千五百円の約束手形を振り出し、原告は現にこれが所持人である。被告小松宇兵衛(被告明治造機代表取締役)は、被告明治造機が右約束手形に基き原告に対して負担する債務の弁済を確保するため、書面をもつて自己所有の不動産を担保に提供し、万一被告明治造機が前記約束手形の満期に手形金の支払をしないときは、直ちに右不動産につき順位一番の抵当権を設定した上、原告の意思により右物件を処分し売得金をもつて右約束手形金の弁済に充当されても異議がない旨を確約した。そして、被告明治造機は右手形金の支払をせず、被告小松宇兵衛も亦約束した抵当権の設定登記手続をしないので、原告は東京地裁に仮登記仮処分命令の申請をなし、昭和二十四年十一月十七日仮登記仮処分命令を得たが、その前日の同月十六日附で被告埼玉銀行のために同一不動産につき順位一番の抵当権設定登記がされてあつたため、原告は右不動産につき順位二番の抵当権設定の仮登記をするに止まつた。

而して被告埼玉銀行のためにされた前記抵当権設定登記は、被担保債権が存在しないことによつて無効のものである。

すなわち、被告明治造機は昭和二十四年春以来訴外田中董から金員を借り受け合計一千二百万円に上つたが、数回に六百万円を返金し、金六百万円の債務が残存した。しかるに後日に至り右田中が被告明治造機に融通した金員は、被告埼玉銀行の行員と共謀し、架空の送金依頼書を作成し、額面合計二千八百万円の被告銀行の小切手を振り出させて、これをもつて被告明治造機に金融していたものであることが発覚し、被告明治造機の代表取締役である被告小松宇兵衛は被告銀行から強硬にこれが返金、かつ担保の提供を迫られるに至つた。被告小松宇兵衛としては、もとより被告銀行から金融を受けたことがなく、また自己所有の本件不動産はすでに原告に対する被告明治造機の債務の担保として提供してあつたから、一応被告銀行の要求を拒絶したが、被告銀行は、本件不動産に第一順位の抵当権を設定すれば将来被告明治造機に対して相当額の融資をなすべく、また万一原告との間に紛争が生ずれば被告銀行の責任をもつて解決する旨を告げて、右不動産につき抵当権の設定を強要してやまなかつたので、被告小松も当時被告明治造機の経営困難を極めていた折から、被告銀行のため右不動産に抵当権を設定すれば或いは相当額の融資を得られるかも知れず、またそうすることは被告銀行に対し何等の債務を負担しないから所有権の隠匿となるとともに、原告に対する債務を免れる方法ともなると考え、ついに被告銀行の要求に応じて前記抵当権設定登記に及んだのである。以上のとおり被告小松と被告銀行との前記抵当権設定行為は、何らの被担保債権がないのに当事者相通謀してした虚偽の意思表示によるもので、法律上当然無効のものであるから、原告はここに被告埼玉銀行に対して同被告のために存する前記抵当権設定登記の抹消登記手続を求めると述べた。

被告埼玉銀行は被告小松に対し次のような債権を有するものである。

すなわち、被告明治造機代表取締役である被告小松宇兵衛は、右被告会社並びにこれと同様被告小松の同族会社である訴外明治バルブ工業有限会社、小松紙業株式会社が経営破綻し、金融が逼迫していたので、右被告会社経理部次長、小松紙業専務取締役、訴外田中董等と共謀の上、不正融資を受けて窮境を打開しようと企て、被告埼玉銀行本店営業部為替係行員清宮進ら四名をそそのかして、被告銀行に入金若しくは送金依頼がされないにかかわらず、これらがされたように装つて、右清宮らにおいて架空の送金依頼書を作成し、これを上司たる被告銀行営業部長又はその代理に示し、同人等をして真実送金依頼書通りの入金及び送金依頼があつたものと誤信させ、これに照応する金額の小切手を振り出させる方法により、総額二千八百九十万円に上る小切手を騙取し、その都度これをその支払人である被告銀行支店において行使して現金を受領し、被告明治造機、訴外小松紙業等の事業資金等に使用して、被告銀行に同額の損害を与えた。

被告小松等のかような行為は刑法上詐欺罪の共同正犯か背任罪の共同正犯にも該当する共同不法行為であつて、同被告等は被告銀行に対して連帯して前記金二千八百九十万円の損害を賠償すべき義務がある。

被告埼玉銀行は、昭和二十四年十月十五日右不法行為発見の端緒を得、同月二十日その全貌を明らかにすることを得たので、直ちにこれが損失金の回収に着手し、十数回に亘り被告銀行重役と被告小松等とが折衝を重ねた結果、被告小松等も不正融資を受けた事実を認め、被告銀行の蒙つた前記損害を賠償するため、準消費貸借契約を締結し、被告明治造機、訴外明治バルブ工業、小松紙業及び被告小松宇兵衛個人は連帯して前記二千八百九十万円のうち金二千六百九十万円を支払うこととし、かつこれが支払を担保するため、被告小松の所有不動産に抵当権を設定することを約し、これに基いて昭和二十四年十一月十六日原告主張の通りその設定登記を了したのである。

かような次第で、右抵当権設定については原告が主張するごとき強要或いは甘言を用いた事実はなく、それが通謀虚偽表示に出でたというようなものではもとよりないから、その抹消登記手続を求める原告の請求は理由がないと述べた。

理由

証拠を総合すれば次のような事実を認めることができる。

すなわち、被告明治造機株式会社は昭和二十四年春頃資金難のため経営が困難となり、金融を得ることに腐心していたが、同年四月頃右被告会社会計課長池村隆夫は、右被告会社と同じく被告小松の同族会社である小松紙業株式会社の専務取締役谷口清治郎の紹介で、有力者と称する田中董を知り、同人に金融方を依頼した。田中は多少の知人関係のある被告埼玉銀行にこの話をもちこんだが、通常の方法での金融を得ることは不可能であつた。しかし、その時被告銀行本店経理課為替係の細淵秀雄等から、不正手段ではあるが送金依頼の場合現金の送付と小切手の呈示との間に時間的余裕のあることを利用し、架空の送金依頼書によつて送金小切手を振り出させ、これを現金化する方法のあることを示唆されたので、やむなくかかる方法による浮貸を受けることとした。そこで右細淵及び被告銀行の為替主任清宮某その他の行員は共謀して、昭和二十四年四月二十日から同年十月三日までの間に、架空の送金依頼書を作成して、これに基き被告銀行本店営業部長振出名義の総額二千八百九十万円に上る持参人払式送金小切手計十二通を振り出させ、これを被告明治造機の社員等に交付し、その支払人である被告銀行の支店からその支払を受ける方法により、田中を通じ被告明治造機に浮貸した。

しかして同年十月二十日頃、被告銀行の検査課にこの事が発見され、管理部調査役星野福松等が主として被告明治造機の代表者である被告小松等と折衝を重ねた結果、同年十一月十四日に至り、被告明治造機、被告小松及び小松紙業株式会社は連帯して被告銀行に対し、右金二千八百九十万円のうち金二千六百九十万円を支払うべきことを約し、被告等右三名及び訴外明治バルブ工業有限会社は共同して同日附で被告銀行を受取人として、金額は右金額を分割して、金一千二百万円、金三百九十万円、金一千万円、金一百万円とした約束手形四通を振り出し、なお同月二十八日には被告明治造機、被告小松、小松紙業及び明治バルブ工業が連帯して被告銀行に対し前記二千六百九十万円を昭和二十五年五月十五日に弁済すべく、利息を日歩二銭七厘と定める旨の債務弁済契約公正証書を作成した。そして被告小松は個人所有の財産をこれが担保として提供することを約し、被告小松は右内金一千二百万円の債務の担保のために本件不動産につき抵当権を設定し、これが設定登記をなした。

なお右のように弁済及び担保提供の契約をするについて被告明治造機においては被告銀行が将来融資をして被告明治造機の事業を後援することを懇請し、被告銀行もこのことを契約の内容としないまでもほぼ諒承しており、現にその後数回に亘つて手形割引等の方法で金融を与えたが、昭和二十五年二月割引手形の支払が拒絶されたため、その取引を中止するに至つた。

かように認められ、右の弁済契約の法律上の性質は、損害賠償債務を目的とする準消費貸借であるとするのが相当である。そして右交渉の経過において被告銀行側が相当強硬な態度を示したことは窺うに難くないが、その妥結するに至つたのは相当の期間回数に亘り論議をつくした上のことであり、被告明治造機の代表者たる被告小松もその責任を感じ、また将来の利害をも考慮してこれに応じたものであることは各証拠に徴し看取し得るところである。また被告銀行が被告明治造機に対する援助を打ち切つたことも前記認定の事情にかんがみれば、相当の理由があるとしなければならない。いずれにせよ、被告銀行のための前記抵当権設定行為が被担保債権がないのにした通謀虚偽表示によるものであるとは到底認めることができず、従つてそのことを原因として被告銀行に抵当権抹消登記手続を求める原告の請求は理由がない。

(注) 本件においては、原告の請求中、被告小松宇兵衛に対し、その所有にかかる本件不動産について順位二番の抵当権設定登記をなすべき旨の請求部分のみが認容された。

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